大阪高等裁判所 昭和50年(ネ)990号 判決 1978年8月30日
第一審原告(昭和五〇年(ネ)第九九〇号事件被控訴人・同第九九四号事件控訴人・昭和五二年(ネ)第二〇三六号事件附帯控訴人) 坂田昇治 ほか一名
第一審被告(昭和五〇年(ネ)第九九〇号事件控訴人 昭和五二年(ネ)第二〇三六号事件附帯被控訴人) 国 ほか一名
訴訟代理人 上原健嗣 蔵本正年
主文
1 第一審被告国の控訴に基づき、原判決中第一審被告国敗訴の部分を取消す。
2 第一審原告らの第一審被告国に対する各請求及び各附帯控訴をいずれも棄却する。
3 第一審原告らの第一審被告植田住宅産業株式会社に対する各控訴を棄却する。
4 訴訟費用のうち、第一審原告らと第一審被告国との間に生じたものは、第一、二審とも第一審原告らの負担とし、第一審原告らと第一審被告植田住宅産業株式会社との間に生じたものは、第一審の分は第一審被告植田住宅産業株式会社の、第二審の分は第一審原告らの各負担とする。
事実
第一申立
一 昭和五〇年(ネ)第九九四号事件
第一審原告ら訴訟代理人は、「原判決中第一審原告ら敗訴の部分を取消す。第一審被告植田住宅産業株式会社は第一審原告らに対し各七〇万八六四一円及びこれに対する昭和四五年七月二〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告植田住宅産業株式会社の負担とする。」との判決を求めた。
第一審被告植田住宅産業株式会社訴訟代理人は、主文3項同旨の判決を求めた。
二 昭和五〇年(ネ)第九九〇号事件、昭和五二年(ネ)第二〇三六号附帯控訴事件
第一審被告国指定代理人は、主文1、2項同旨の判決及び「訴訟費用は第一、二審とも第一審原告らの負担とする。」との判決を求め、仮に第一審原告らの請求の全部又は一部が認容され仮執行の宣言が付せられた場合は担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求める、と述べ、附帯控訴につき附帯控訴棄却の判決を求めた。
第一審原告ら訴訟代理人は、「第一審被告国の控訴を棄却する。」との判決を求め、附帯控訴として「原判決中第一審原告ら敗訴の部分を取消す。第一審被告国は第一審原告らに対し各七〇万八六四一円及びこれに対する昭和四五年七月二〇日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告国の負担とする。」との判決を求めた。
第二当事者の主張、証拠関係
当事者の主張及び証拠関係は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
一 第一審原告らの主張
(一) 第一審原告らが訴外富士火災海上保険株式会社から本件事故について自賠責保険金五〇〇万円の支払を受けた事実は認める。
しかしながら自賠法七二条一項前段は、加害者が行方不明の場合に政府保障の自賠責保険から保険金が支払われることを規定しているのであつて、共同加害車両のうち一台が行方不明の場合においてもその分につき自賠法一三条一項、同法施行令二条所定の保険金が支給されると解すべきである。
自賠法の政府保障事業は、被害者保護を目的として制定された条文であり、その原資は実質上の保険料でまかなわれており、その給付保険金も通常の自賠責保険と全く同じように扱われ、自賠法、同施行令においても通常の自賠責保険と全く同一内容で規定されている。
通常の自賠責保険であれば共同不法行為の場合複数の自賠責保険金が給付されるのに、たまたま政府保障事業であるため一台分の保険金しか出ないというのは、法律の根拠に基づかない違法な取扱いである。
(二) 第一審原告らの受領した前記五〇〇万円の保険金は、各二五〇万円宛第一審原告らの本件損害のてん補に充当し、その残額のうち各二五〇万円(原審認容額のほか七〇万八六四一円)及びこれに対する昭和四五年七月二〇日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を本訴において請求するものである。
(三) 本件現場付近の走行車線は二車線あり、長尾は先頭を走行していて坂田運転の車が中央線を越えて自己の走行車線に入つてくる危険のあることを一〇〇メートル以上の手前から察知しえたはずであり、従つて左軍線に回避しまた減速停止の措置がとりえたのにかかわらず、約二一メートル手前で初めて対向車に気付いたというのであるから前方不注意の過失がある。そして坂田勝美は突然細い道路から進入してきた車との衝突を避けようとしてハンドルをとられ本件事故にあつたのであるから、同人に過失があるとしてもその割合は二〇パーセント程度である。
二 第一審被告国の主張
自賠法七二条一項前段は、政府の保障事業としての損害填補を目的とする規定であつて、被害者が他に自動車損害賠償責任保険の請求をすることができず何らの救済を受けえない場合にはじめて同法施行令二〇条に定める限度内で損害を填補するのであるから、いわゆるひき逃げ事故であつても他に加害者が存在しその自賠責保険から被害者が損害賠償の支払を受けうべき場合には、自賠法七二条一項前段の要件を欠き、被害者は政府に対して保障事業による損害の填補を請求しえないと解すべきである。原判決は、自賠責保険と政府の保障事業の違いを看過し、政府の立場を保険会社のそれと漫然と同一視するという誤りを侵している。
仮に国に本件被害者の損害を填補すべき義務があるとしても、第一審原告らは昭和五〇年七月二日訴外富士火災海上保険株式会社から本件事故について五〇〇万円の支払を受けているから、国には全損害額より各五〇〇万円を控除した額の支払義務があるにすぎない。
三 第一審被告植田住宅産業株式会社の主張
第一審被告植田住宅産業株式会社(以下「第一審被告会社」という。)は、同会社の保有車を運転していた長尾清治の責任割合に応じ、第一審被告国は行方不明車の責任割合に応じ、それぞれ第一審原告らの損害について各別に賠償ないし填補の責任を負うものと解すべきである。すなわち、第一審被告会社は長尾車の不法行為につき運行供用者として自賠法三条による賠償責任を負い、第一審被告国は行方不明車の不法行為につき同法七二条一項によるてんぽ責任を負い、これらの各債務は別段の責任原因に由来しており、第一審被告らはそれぞれの債務について独立して責任を負うのである。仮に第一審被告らが損害額全部について不真正連帯債務を負担するとすれば、第一審被告会社が全額賠償した場合に現行法のもとでは第一審被告国に対して求償できず、不合理である。
四 証拠関係<省略>
理由
一 昭和四五年七月一九日午前九時一五分頃大阪府東大阪市中石切五丁目七番五九号先道路上において長尾清治運転の普通乗用自動車と坂田勝美運転の軽四輪自動車とが衝突した事実は当事者間に争いがない。
二 <証拠省略>を総合すると次の事実が認められる。
前記事故の起きた道路は八尾市と大東市とを結び南北に伸びる国道一七〇号線(外環状線)であつて、事故現場付近においては歩車道の区別があり、車道部分の幅員は一四メートルで、東西両側の歩道部分は共に幅員が三メートルあり、車道よりは幾分高くなつているが、車道との間にガードレールその他の障害物はない。車道は南行、北行共に幅員各七メートルで、中央線によつて区分され、片側道路はそれぞれ中央から外側に向つて幅員三・二メートルの追越車線、幅員三・三メートルの走行車線、幅員〇・五メートルの外側線に区分され、白ペイントで区分線が表示されている。路面はアスフアルトで舗装され平坦で、南に向つてやや上りの勾配になつており、本件事故当事は晴天で乾燥していた。また、道路は直線に伸びていて、その周辺は工場、農家等が点在する水田地帯になつており、見通しは良い。この道路については、時速五〇キロメートルの終日速度制限、午前八時より午後八時迄の駐車禁止がある外は、交通規制がない。本件事故現場から南方約四二メートルに南西方面から斜めに交る幅員五メートル(ただし、国道一七〇号線と交る部分では約一九メートルに広がつている。)の非舗装の道路があつて、丁字形三差路になつているが、その付近には信号機の設置はない。本件事故当日は日曜日であり、事故直後(昭和四五年七月一九日午前九時三〇分から午前一〇時一〇分頃までの間)の交通量は三分間当り一二五台であつた。
長尾清治は、普通乗用自動車(大阪五の二七八六号)を運転し、勤務先の植田住宅産業株式会社から富田林市に向う途中、前記道路南行追越車線中央寄りを毎時四〇ないし五〇キロメートルの速度で南進していた。当時先行車はなく後方約一二メートルの左側走行車線を後続車(普通三輪貨物自動車)が追随していた。長尾清治は、事故直前右前方対向車線上を時速約七〇キロメートルで北進してくる軽四輪乗用車(八大阪け八三七四号、運転車坂田勝美)を約二七・二メートル前方に発見した。右対向車は車体後部を左右に振り不安定な走行状態で進行しており、突然車道中央線を東側に越えて南行車線に入つてきた。そこで長尾清治は直ちに急制動の措置をとつたが、約一一・五メートル進行した南行追越車線上(非舗装道路入口北端の北方約四二メートルの地点)で坂田勝美の運転する対向車と衝突した。
坂田勝美は前記軽四輪自動車を運転して北行走行車線を毎時約七〇キロメートルの速度で北進中前記三差路に差しかかつたのであるが、折柄貨物自動車(運転車氏名不明)が非舗装道路を北東方向へ進行し交差点手前で徐行停止することなくそのまま国道一七〇号線に進入して坂田勝美の運転車両の前方に接近しその前部が北行車線の走行車線と追越車線の区分線付近に達する位置で停止した。坂田勝美は危険を感じ右進入車との接触を避けるため制動措置をとることなく慌わてて右にハンドルを切り、そのため安定を失い自車後部を振りながらジグザグで進行し、車道中央線を対向車線上に越えて中央線を跨いだ位置で長尾清治運転の車と衝突した。
衝突部位は長尾車の右前部と坂田車の左前部であり、坂田車は衝突と同時に半回転して長尾車の右側面に再度接触し約一六・八メートル北西方向に移動して北行走行車線上に停止し、坂田勝美は衝突と同時に車外へ投げ出され衝突地点のほぼ西側の北行車線中央付近に倒れた。長尾車は衝突後そのまま約五メートル南進して南行追越車線上に停止した。スリツプ痕は坂田車については北行車線中央辺りから衝突地点まで、長尾車については衝突地点までいずれも印されているが、その長さは明確でない。
坂田勝美は右衝突事故に基づき昭和四五年七月二五日午後六時頃脳挫傷により死亡した。
右貨物自動車はいずれの車両とも接触することなくそのまま事故現場から逃げ去り、その後行方不明であつて保有者も明らかでない。
以上の事実が認められこれを左右するに足りる証拠はない。
三 右事実によると、前記行方不明車の運転車、坂田勝美及び長尾清治のそれぞれの自動車運転上の過失があり、これら三者の過失があいまつて本件事故が発生したものと認められる。
すなわち、貨物自動車が進行してきた非舗装道路の幅員は国道のそれと比較して明らかに狭く国道上には常に車両が走行していることが予測されるのであるから、貨物自動車の運転車としては非舗装道路から国道に進入するに際しては交差点手前で停止または徐行して国道上を通過する車両の有無を確認し、その存在を認めた場合は国道上の車両の進行を優先させその走行を妨げないようにして安全に交差点内に進入すべき注意義務があるのにこれを怠り、坂田勝美の運転する車が国道上を北進していたのにかかわらず交差点手前で停止も徐行もすることなくそのまま国道に進入して前記位置に停止し、坂田勝美の運転する車両の進行を妨げたのであり、そのため坂田勝美は制限速度を毎時二〇キロメートルも超過する毎時七〇キロメートルの高速度で進行していたこととあいまつて急激に右に転把し安定を失つて車道中央線を対向車線上に越え対向車に衝突するに至つたものと認められるから、貨物自動車運転者に過失があつたものというべく、右過失と本件事故発生との間に相当因果関係があるものと認められる。
また、坂田勝美は、制限時速を順守して進行し、自己進行の車線前方に障害物を発見した場合には直ちに制動措置をとつて停止又は徐行して衝突を避け、やむなく中央線を越えて対向車線上に出た場合は直ちに従前の車線に復帰して対向車との衝突を惹起しないように運転する注意義務があるのにこれを怠り、制限速度時速五〇キロメートルを二〇キロメートルも超過する時速七〇キロメートルで走行し、前記位置に停止した貨物自動車を発見するやそれとの接触を避けるため制動措置をとることなく慌わてて右にハンドルを切り、その結果自車の安定を失い自車後部を振りつつジグザグで進行し、中央線を越えて対向車線上に入り、折柄対向車線上を進行してきた長尾車に衝突したものであつて、坂田勝美にも過失があつたものというべく、右過失が本件事故発生の直接の原因となつているものと認められる。
最後に長尾清治の過失について考えると、およそ自動車の運転車は自己進行の車線内にはみ出して進行してくる対向車のないことを信頼して運転しておれば足りるとはいえず、絶えず前方を注視し、進行中の道路の状況及び対向車の動静を十分把握し、対向車が自己進行車線内に進入しまたはそのおそれがある場合には早期にこれを発見し直ちに減速、急制動または転把して回避の措置をとり危険の発生を未然に防止すべき義務があり、本件現場付近は見通しがよく走行車線も東側の南行車線だけで七メートルの幅員があり先行車も併進車もなかつたのであるから、長尾清治としてはより早く異常な状態で進行してくる対向車を発見し中央線寄り車線を避けて走行し衝突を避けるべきであつたにもかかわらずこれを怠り漫然中央線に沿つて進行し本件事故を惹起したのであるから、同人に過失があつたものというべく、右過失が本件事故発生の一因になつているものと認められる。
四 すすんで第一審被告会社の責任について検討する。
(一) 第一審被告会社が長尾清治の運転していた加害車を保有し自己のため運行の用に供していたことは当事者間に争いがなく、長尾に過失の認められることは前記のとおりであるから、第一審被告会社は自賠法三条により本件事故により坂田勝美について生じた損害を賠償すべき責任がある。
そして、第一審被告会社は、民法七一九条所定の共同不法行為者として、第一審原告らの損害の全額につき連帯して賠償する責任があるものといわなければならない。
(二) 本件事故により生じた損害および権利の承認関係は原判決理由三項及び四項(原判決一一枚目裏五行目から一二枚目裏九行目まで)の記載と同一であるから、これを引用する。
(三) 前記認定にかかる事実からすれば、坂田車の直進走行を妨げその運転を誤らせたのは貨物自動車の運転者であるが、坂田勝美が制限速度に違反せずかつ適切な制限措置、ハンドル操作をしておれば事故を避けえたのであり、その過失が最も大きいと考えられ、それぞれの過失割合は、貨物自動車の運転者については三〇パーセント、坂田勝美について五〇パーセント、長尾清治について二〇パーセントとするのが相当である。
よつて、第一審原告らの各損害七一六万五四三七円について、五〇パーセントの過失相殺をすると、第一審原告らの第一審被告会社に対して請求しうべき各損害額はその二分の一である三五八万二七一八円となるところ、前記のとおり訴外富士火災海上保険株式会社より本件事故につき加害者を長尾清治とする自賠責保険金五〇〇万円が既に支払われていて第一審原告らにおいてこれを二五〇万円宛受領しているので、これを差引くと第一審原告らの各損害額は一〇八万二七一八円となり、第一審被告会社は第一審原告らに対し各一〇八万二七一八円及びこれに対する不法行為後である昭和五〇年七月二〇日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるが、右金額は原審認容額を上回るものではない。
五 次に第一審被告国の自動車損害賠償保障法七二条一項前段に基づく給付義務の存否について検討する。
第一審原告らが訴外富士火災海上保険株式会社から本件事件について加害者を長尾清治とする自賠責保険金五〇〇万円を受領している事実は当事者間に争いがない。
ところで自賠法七二条一項前段の規定は、保険とは異つた高度な社会保障政策に基づいて設けられたものであり、他の手段により損害の填補を得られない交通事故の被害者に対して最低限度の保障をすることによつてこれを救済しようとする趣旨であると解するのが相当であつて、このことは保障事業の運営を賄うため、責任保険の保険者、責任共済の事業を行う農業協同組合ばかりでなく自賠責保険契約の締結義務の適用除外車(自賠法一〇条、同法施行令一条)の運行供用者に対しても賦課金の納付義務を課し(自賠法七八条、自賠責特別会計法五%)、広く財源を求めており、保険事業ではなく特殊の保障事業であると考えられること、また、被害者はまず会社保険給付を受けるべく、これがないときないしはその給付をもつては不足するときにはじめて右保障金の支払を受けうるに止まること(自賠法七三条一項)からも明らかである。
また、複数車両による事故の被害者を単一車両による事故の被害者よりも厚く保護すべき実質的理由はない。従つて、複数車両の運転者の共同不法行為によつて損害を受けた被害者がそのうちの一台について自賠責保険金を受領することができる場合には、逃亡したため保有者が明らかでない他の車両について自賠法七二条一項前段に基づき政府に対し損害のてん補を請求することはできないものといわなければならない。
そうすると、第一審原告らは既に長尾清治運転の車両に関しその自賠責保険金五〇〇万円(当時の最高限度額)を受領しているのであるから、さらに重ねて第一審被告国に対して前記保障金の支払を求めることはできない。
六 よつて、第一審原告らの第一審被告国に対する各請求及び各附帯控訴はいずれも理由がないから失当として棄却すべきところ、これと異る原判決は不当であつて第一審被告国の控訴は理由があるから、原判決中第一審被告国の敗訴部分を取消し、第一審原告らの第一審被告国に対する各請求及び各附帯控訴をいずれも棄却し、第一審原告らの第一審被告会社に対する各控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、九六条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 川添萬夫 吉田秀文 大石一宜)